長崎県弁護士会所属

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第七回 出向の法律関係

2020.04.30

出向の法律関係

 
Q Y会社は,円高により経営が悪化していました。Y会社には,就業規則上,業務の都合により社外勤務をさせることができるとの規定がありました。Y会社は経営悪化の中,雇用を維持するために,Y会社の社員Xに関連会社A会社への出向を命じました。
   Xは,関連会社A会社への出向に不服があり,Y会社の出向命令は無効だと主張しています。
  (1) Xの主張は正当でしょうか。
  (2) Y会社の就業規則には原則3年の出向期間の規定があり,更新もできるとされていますが,その結果,XがY会社へ復帰の可能性がないような場合はどうでしょうか。
  (3) Y会社に経営悪化の事情がなく,Xが職場での強調性を欠くと判断したため,Y会社の職場から放逐する目的で,関連会社A会社への出向を命じた場合はどうでしょうか


 
A (1)については,Xの主張は認められないと考えられます。
  以下,説明します。
 

1 出向の意義

 
   出向は,①小会社・関連会社への経営・技術指導,②従業員の能力開発・キャリア形成,③雇用調整,④中高年齢者の処遇などの目的のために活発に行われている(菅野和夫「労働法〔第十版〕」518頁参照)とされています。
   出向とは,「労働者が出向元との労働契約を維持しつつ,相当期間,出向先の指揮命令の下で就労すること」です(土田道夫「労働契約法」386頁)。
 

2 労働者の個別の同意の要否


   民法625条1項は,「使用者は,労働者の承諾を得なければ,その権利を第三者に譲り渡すことができない」と規定しているので,労働者の承諾が必要です。
   そして,その「承諾」について,出向時の労働者の個別的同意まで必要なのか,それとも,労働協約や就業規則に基づく事前の包括的同意で足りるのかについては,学説上争いがあります。
   判例上は,就業規則や労働協約に包括的な出向規定があるだけでなく,出向の対象企業,出向中の賃金等の労働条件,出向期間,復帰の仕方等が出向労働者の利益に配慮して詳細に規定されている場合には,当該包括的規定によって出向を命じることができると解されています(最高裁第二小法廷平成15年4月18日判決・労判847号14頁-新日本製鐵〔日鐵運輸第2〕事件)。
 

3 労働契約法14条


   労働契約法14条は,「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において,当該出向の命令が,その必要性,対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして,その権利を濫用したものと認められる場合には,当該命令は,無効とする。」と定めています。
   (1) では,Y会社は,円高により経営が悪化している中,雇用を維持するために,Y会社の社員Xに関連会社A会社への出向を命じたものであり,その必要性は高く,Xを出向社員として選定することに問題がなければ,権利濫用とはいえないので,出向命令が無効とはいえないということになります。
   これに対し,(3) のように,Y会社に経営悪化の事情がなく,Xが職場での強調性を欠くと判断したため,Y会社の職場から放逐する目的で,関連会社A会社への出向を命じた場合には,権利濫用となり,Xの主張は認められ,出向命令は無効となります(大阪高裁平成2年7月26日判決・労判572号114頁-ゴールド・マリタイム事件参照)。
 

4 転籍の場合はどうか


   転籍とは,元の企業との労働契約関係を終了させ,新たに他の企業との労働契約関係に入ることをいい(水町勇一郎「労働法〔第6版〕」147頁),転籍の場合には,旧労働契約を解約し新たな労働契約を成立させるものである以上,労働者本人の個別の同意が必要である(前掲水町149頁,東京地裁平成7年12月25日判決・労判689号31頁-三和機材事件)と解されています。
 

5 長期にわたる出向で復帰の見込みがない場合


   転籍には,上記4のように個別の同意がいるのに,出向では,上記2のように包括的な同意で足りるとなっているところ,長期にわたる出向で復帰の見込みがない場合には,個別の同意が必要ではないかということが問題になります。
   判例は,「出向元との労働契約関係の存続自体が形骸化している」か否かをその判断基準としているとされています(前掲最高裁平成15年4月18日判決)。
   この点が争われたのが,福岡高裁平成12年11月28日判決・労判806号58頁-新日本製鐵(日鐵運輸)事件(労働判例百選〔第8版〕[69]事件)です。
   3年ごとの出向が3回延長された事案ですが,結論としては,「鉄鋼業界の置かれた状況からして,当初の出向命令時にも増して業務上の必要性が高まり,継続しているというべきである」として,延長措置の必要性・合理性を認めました。
 
                                              文責・弁護士 森 本 精 一
 
この記事を担当した弁護士
弁護士法人ユスティティア 代表弁護士 森本 精一
保有資格弁護士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士
専門分野企業法務、債務整理、離婚、交通事故、相続
経歴
昭和60年3月
中央大学法学部法律学科卒業
(渥美東洋ゼミ・中央大学真法会
昭和63年10月
司法試験合格
平成元年4月 最高裁判所司法修習生採用(43期司法修習生)
平成3年4月
弁護士登録(東京弁護士会登録)
平成6年11月
長崎県弁護士会へ登録換
開業 森本精一法律事務所開設
平成13年10月 CFP(ファイナンシャルプランナー上級)資格取得
平成14年4月
1級ファイナンシャル・プランニング技能士取得
平成25年1月
弁護士法人ユスティティア設立
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