1 問題の所在
多くの中小企業では,株主総会も取締役会も開催されていないのが実態です。決算期に顧問税理士と相談して,株主総会を開催したことにして議事録を作成したりすることも多いと思われますが,会社法上の規制がある以上,株主総会や取締役会を開催しないがゆえの法的なリスクは高いと考えられます。たとえば,株主同士の関係が悪化したような場合,株主総会が実際には開催されていなかったことを理由として,会社に対して裁判が起きたりするといった,深刻なトラブルが発生することがあります。
ここでは,株主総会や取締役会を開催しない法的なリスクについて述べたいと思います。
2 株主総会と取締役会の基本的事項
(1)株主総会とは
株主総会は,すべての株式会社が必ず設置しなければならない機関であり,株主の総意に基づいて会社の意思決定を行う機関です。
その権限は,「取締役会」を設置している会社か否か,によって異なります。
ア 取締役会を設置していない場合
「この法律に規定する事項及び株式会社の組織、運営、管理その他株式会社に関する一切の事項について」決議をすることができます(会社法295条1項)。
イ 「取締役会設置会社」の場合
「この法律に規定する事項及び定款で定めた事項に限り」決議をすることができます(会社法295条2項)。
「法律に規定する事項」とは
①定款変更、会社合併、会社分割、解散など会社の組織・事業の基礎的変更に関する事項
②計算書類の承認や株式の第三者有利発行など株主の重要な利益に関する事項
③取締役・監査役など役員の選任・解任に関する事項
④取締役の報酬の決定など役員の専横防止に関する事項
などです。
株主総会には、定時株主総会と臨時株主総会があります。
定時株主総会は、毎事業年度の終了後一定の時期に招集しなければならならず(会社法298条1項)、通常は毎年1回開催されます。
臨時株主総会は、必要に応じて臨時招集されるものです。
(2)取締役会とは
取締役とは,株式会社において必ず設置されなければならない,業務執行機関(会社法326条1項)です。
取締役会とは、取締役の全員をもって構成され、その会議における決議によって業務執行に関する会社の意思を決定し、かつ、取締役の職務執行を監督する機関です。
取締役会は,公開会社,監査役会設置会社,委員会設置会社の場合は,必ず設置しなければなりません(会社法327条1項)が,そうでなければ定款の定めによって設置することのできる任意の機関です(会社法326条2項)。
取締役会は、会社の業務執行を決定する権限を有していますが、その権限は,日常的な業務執行についての権限です。
取締役会の権限には,非公開会社である場合の株式の譲渡承認(会社法139条1項)、重要な業務執行の決定(会社法362条4項)、株主総会の招集事項の決定(会社法298条1項,4項)などの重要事項があります。
3 具体的なリスク
(1)株主総会を開催しないと・・・
株主総会を開催したことにして議事録だけ作成しているケースなどのように株主総会を開催していないとどうなるのでしょうか?
もし,株主総会が開催されておらず,株主総会で決議すべき事項が決議されていなかったような場合には,株主等から株主総会決議不存在確認の訴え(会社法830条1項)を提起され,結果としてその事項に関する会社の活動に支障が生じるおそれがあります。
この訴えは,決議不存在を確認することについて法的な利益がある者なら誰でも,いつでも,提起できます。
不存在確認の認容判決が下ると、最初からその決議がなかったものと扱われることになり,すべての法律関係が覆されてしまいます。
このように,株主総会を開催しないと非常に大きなリスクが発生します。
(2)取締役会を開催しないと・・・
取締役会の決議事項について取締役会の決議を経ない場合、これも無効となってしまいます。
特に注意しなければならないものとして,利益相反取引、競業取引には注意が必要です。
ア 利益相反取引においては、その取引について取締役会の承認を受けなければなりません(会社法365条1項・356条1項2号)。
当該取締役は,その承認決議について「特別の利害関係」を有するので、参加できないことになっています(会社法369条2項)。
イ 「会社の事業の部類に属する取引」(競業取引といいます)をするには「株主総会」の「承認」(取締役会がある場合は「取締役会」)を得なくてはいけない(会社法356条1項1号)となっています。この承認は、重要な事実を開示して説明したうえで受ける必要があります。
取締役が競業取引を行ってしまった場合は,当該取締役は,損害賠償の責任を負います。損害賠償請求を行った場合の損害額は、競業取引によって取締役が得た利益と推定されます(会社法423条2項)。
取締役会を開催しない会社は,社長がワンマンである会社である可能性が高いですが、これらの取引を取締役会の承認手続を経ずに行ってしまい、事後的に問題となることが多々存在しますので,判断が難しいケースでは事前に弁護士に相談,チェックを行ってもらい紛争を未然に防止すべきです。
4 株主総会と取締役会の開催
(1) 株主総会の開催
ア これまで述べたように、株主総会は会社にとって基本的かつ重要な事項の決定権限を有しています。にもかかわらず,株主総会を開催しなかった場合,株主総会決議不存在確認の訴えによって会社の根幹が揺るがされてしまう場合もあります。会社形態である以上,株主総会の開催は法的な義務であり,その労力を惜しむのは相当のリスクが存在します。
イ 開催の方法
では、株主総会はどうやって開催したらよいのでしょうか?
株主総会は,会議室を借りて、仰々しく行わなければならないという必要性はありません。株主総会の方式は自由です。法律で定められた手続を履践すれば、それ以外は自由に行うことができます。
株主同士の懇親をはかるために,食事をしながら株主総会を行うというケースもまま見受けられるところです。
ウ どうしても開催できないとき
会社法319条1項は、
① 取締役(又は株主)が、株主総会の目的である事項(議題)について、具体的な提案をし、
② その提案について、株主全員が書面(又は電子メール等の電磁的記録)で同意をしたとき
には、招集手続や株主総会の開催を省略して、株主総会決議があったものとみなすことができると定めています。
これは,株主全員が同意をしているのだから、わざわざ、株主総会を招集・開催するまでもなく、決議があったものとみなしてよいという趣旨です。
この書面決議の制度は、役員の選任や決算承認のような普通決議はもちろん、可決要件が厳格な特別決議事項(事業譲渡、合併の承認、定款の変更等)の承認決議をする際にも利用することができます。
会社の株主が、親会社のみ、あるいは、経営者であるあなた一人の場合はもちろん、株主が複数いる場合であっても、株主同士のコミュニケーションが取り易い会社においては、非常に使い勝手がよい制度であるといえます。
(2) 取締役会の開催
株主総会だけでなく、取締役会も開くべきことは当然です。取締役会の開催についても、法定された事項を守りさえすれば、先に述べた株主総会同様,方式は自由です。
(3) きちんと議事録を作成・保存しましょう
株主総会,取締役会を開催したら、きちんと議事録を作成,保存しましょう。
特に取締役会の場合には議事録を残すことが役員にとって重要なことです。
議事録を残すことで、取締役間の責任の明確化を図ることができます。特に議題に反対の取締役は議事録上明らかにしないと責任を負うので、議題に自分が反対した場合、きちんと議事録に反対した旨を記載しておいてもらわない責任を負わされることになりかねません。
株主代表訴訟で役員責任の追及をする場合には、損害の回復の観点からできるだけ多くの役員を訴えますので、実質的に反対をしていても議事録上反対が明示されていない取締役は被告に加えられることになってしまいます。
そのため取締役会議事録は、役員が個人責任を負わないための重要な予防線となりますので,きちんと議論して,反対した場合にはその旨を残しましょう。
5 まとめ
中小企業では,法的な要求である株主総会や取締役会を開催しないことが多かもしれません。実際には,それでも会社の運営はできるとも思います。しかし,ひとたび,会社の運営がうまくいかなくなったりしたときに,支配株主以外の株主から責任追求されることがないとはいえません。
株主総会や取締役会を開催しないリスクを認識したうえで,きちんと開催するようにして下さい。ご不明の点があれば,弁護士に相談されて,体制作りを行って下さい。