1 民法
民法772条1項は,妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定し,同条2項は,婚姻成立の日から200日経過後または婚姻解消もしくは取消の日から300日以内に生まれた子は婚姻中に懐胎したものと推定する旨を定めています。同条により嫡出の推定を受ける子について父子関係の存否を争うには夫が子の出生を知った日から1年以内に嫡出否認の訴えを提起することとされています(民法774条,775条,777条)。これと異なる方法により父子関係の存否を争う訴えは基本的に不適法となります(最高裁第一小法廷昭和55年3月27日判決・判時970号151頁)。
2 嫡出推定制度の趣旨
① 家庭の平和を目的とし,夫婦の秘事を公開する不都合を避けること
② 法律上の父子関係を早期に安定させること
の2点です。
3 例外
形式的には,民法772条の推定要件を満たしていても,実質的にその推定が及ばないとして,嫡出否認の訴えによることなく,親子関係不存在確認の訴え等により父子関係の存否を争うことができる場合があります。
(裁判例)
① 最高裁第一小法廷昭和44年5月29日判決・民集23巻6号1064頁
形式的には民法772条の推定要件を満たしていても,離婚の届け出に先立ち約2年前から事実上の離婚をして別居し,夫婦の実態が失われていたケース
② 最高裁第二小法廷平成10年8月31日判決・判時1655号128頁
妻が懐胎した時期に夫が出生中であったケース
③ 最高裁第三小法廷平成12年3月14日判決・判時1708号106頁
民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子であっても,妻がその子を懐胎すべき時期に既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,または遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,その子は実質的には同条の推定を受けない。
4 裁判例
DNA検査の結果生物学上の父子関係が認められない場合であっても,親子関係不存在確認の訴えにより,父子関係を争うことができないとされたケース
① 最高裁第一小法廷平成26年7月17日判決(平成24年(受)第1402号)・判時2235号14頁
(事案)
Yは,平成11年Xの母Aと婚姻しました。Aは,平成20年ころからBと交際するようになりましたが,Yとの同居を継続し,夫婦の実態は失われませんでした。Aは平成21年にXを出産,その頃YはAからXが別の男性の子であることを知らされましたが,XをY・A間の子とする出生届を提出して監護養育しました。YはAと平成22年に協議離婚し,Xの親権者をAと定めました。現在,XとA,Bは共に生活しています。DNA検査の結果によれば,Bは,Xの生物学上の父親です。AがXの法定代理人として,Yに対して親子関係不存在確認の訴えを提起しました。
(判旨)
「夫と子の間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,夫と妻が既に離婚して別居し,子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。」
「夫と子の間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,夫と妻が既に離婚して別居し,子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。」
② 最高裁第一小法廷平成26年7月17日判決(平成25年(受)第233号)・判時2235号14頁
(事案)
Yは,平成16年Xの母Aと婚姻しました。Yは,平成19年から単身赴任をしていましたが月に2,3度自宅に戻っていました。Aは,Yが単身赴任を開始してしばらくしてかららBと交際するようになりましたが,Yと共に旅行するなど,夫婦の実態は失われませんでした。Aは平成21年にXを出産,YはXのために保育園の行事に参加するなどしてXを監護養育しました(XはY・A間の子として出生届がされています)。Aは平成23年,Xを連れて別居を開始,Bと同居し,XはBを「お父さん」と呼んで順調に成長しています。DNA検査の結果によれば,Bは,Xの生物学上の父親です。AがXの法定代理人として,Yに対して親子関係不存在確認の訴えを提起しました。
(判旨)
「夫と子の間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,子が,現時点において夫の下で監護されておらず,妻及び生物学上の父の下で順調に成長しているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。」