セクシャルハラスメント 従業員被害者
Q1 私は,丙会社の事務職員で,契約社員の勤務形態ですが,上司の甲課長からは卑猥な言葉を毎日のようにかけられています。乙部長からは,応じなければ査定を悪くすると言って性的関係を求められたりして,困っています。
甲課長や乙部長,丙会社に対して損害賠償を請求できますか。
A1 セクシュアルハラスメント(いわゆるセクハラ)が人格権,人格的利益を侵害したと認められる場合には,甲課長,乙部長の不法行為(民法709条)に基づく損害賠償責任が認められます。また,甲課長,乙部長の雇い主である丙会社についても,使用者責任(民法715条)や職場環境配慮義務違反(民法415条)に基づいて,損害賠償責任が認められます。
セクハラの定義
セクハラとは,「職場においてなされる労働者の意に反する性的言動」のことです。
最近では,ハリウッドのプロデューサーが元アシスタントからセクハラ告発されたり,大相撲の行司が,泥酔して10代の行司にキスしたことが問題となったりしています。
男女雇用機会均等法の定め
男女雇用機会均等法11条1項は,「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け,又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう,当該労働者からの相談に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と定めています。
同法2項を受けて,厚労省は,「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上高ずべき措置についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号)を定めています。
厚生労働省告示
指針によれば、均等法11条にいう「性的な言動」とは、性的な内容の発言(性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の情報を意図的に流布すること等)および性的な行動(性的な関係を強要すること、必要なく体に触ること、わいせつな図画を配布すること等)を指します。
対価型と環境型
職場におけるセクハラは「対価型セクハラ」と「環境型セクハラ」の2つに分類されます。
① 対価型セクハラとは,職場において行われる労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応により,当該労働者が解雇,降格,減給等の不利益を受けることです。
乙部長の行為は,性的関係に応じなければ査定を悪くすると言って強要している点で,この対価型に該当することは明らかです。
② 環境型セクハラは,職場において行われる労働者の意に反する性的な言動により,労働者の就業環境が不快なものとなったため,能力の発揮に重大な悪影響が生じる等,当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることをいいます。
甲課長の行為は,卑猥な言葉を毎日のようにかけられていて,看過できない程度の支障が生じていればこの環境型に該当することになります。
質問者は,契約社員なので,セクハラの対象となるかという問題がありますが,
「労働者」とは,「いわゆる正規労働者のみならず,パートタイム労働者、契約社員等いわゆる非正規労働者を含む事業主が雇用する労働者のすべて」とされていますので,対象となることは間違いありません。
会社側の対応としては
指針では,職場におけるセクハラを防止するために,事業主が雇用管理上講ずべき措置について,9項目を定めています。
① 事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
1) セクハラの内容、それがあってはならない旨の方針の明確化と周知・啓発
2) 行為者への厳正な対処方針,内容の規定化と周知・啓発
② 相談(苦情を含む)に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備
3) 相談窓口の設置
4) 相談に対する適切な対応
③ 職場におけるセクハラにかかる事後の迅速かつ適切な対応
5) 事実関係の迅速かつ正確な確認
6) 当事者に対する適正な措置
7) 再発防止措置の実施
④ ①から③までの措置と併せて講ずべき措置
8) 当事者等のプライバシー保護のための措置の実施と周知
9) 相談、協力等を理由に不利益な取扱いを行ってはならない旨の定めと周知・啓発
事業主がこれらの措置を講じない場合,厚生労働大臣による行政指導が行われます(均等法29条)。事業主が是正勧告にも応じない場合には,企業名の公表の対象となります(均等法30条)。
事実調査をし,セクハラの存在が確認されたときは,しかるべき懲戒処分をすべきことになりますし,セクハラ防止に関する社内規則を作成して,再発防止策を実施したり,相談窓口などを設置することが要求されます。
裁判例
日本で最初のセクハラ裁判
原告(女性)が上司である被告(男性)に、会社内外に性的な悪評を流され,そのことを会社(被告)の代表者らに訴えたものの,その上司と和解できなければ辞めろと言っただけで,環境改善などの適切な措置をとることがなく,その結果原告は退職においこまれたという事例で,慰謝料150万円が認められています(福岡地裁平成4年4月16日判決・労判607号6頁)。
その他,セクハラに関する裁判例は多数ありますが,次のような裁判例を紹介しておきます。
東京高等裁判所平成24年8月29日判決・労判1060号22頁
Xは,Y1社のA店でアルバイトとして勤務し,その後正社員として同店で勤務していたところ,Y1社の代表取締役であったY2から性行為を強要されるなどしたために肉体的精神的苦痛を受けたとして,Y1社及びY2などに対し損害賠償を求めた事案において,
当時おかれていたXとY2(代表取締役社長)の双方の立場を考慮すれば,Xの自由な意思に基づく同意があったと認めることはできないのであり,Y1社の代表取締役であるという立場を利用したXとの性行為に及んだY2の行為は,Xの性的自由及び人格権を侵害した違法な行為であり,Xに対する不法行為を構成する。
これらの事実によれば,Y2がXの自宅を訪問した行為はY1社の事業の執行と密接な関連性を有すると認められるから,Y1社は,Y2のXに対する前記不法行為につき,民法715条に基づき,Y2の使用者として,損害賠償責任を負うと解すべきである。