借金が多くて相続財産がトータルでマイナスになっているおそれがある場合には,取りあえず相続財産限りで債務を清算し,なおプラスがあれば承継するという選択をすることができます。これが限定承認です(内田貴「民法Ⅳ 親族・相続法」342頁)。
相続人は,本来,相続債務につき無限責任を負うべき者ですが,限定承認は,債務の過大な承継から相続人の利益を守るために,相続財産を限度とする有限責任に転嫁する制度である(遠藤浩ほか編集「民法(9)相続〔第3版〕」155頁)といわれています。
したがって,被相続人の財産だけが対象となり,相続人の固有財産で支払う必要はありません。この場合清算の結果,残余財産があれば,相続人に帰属することになります。
限定承認をする場合には,自己のために相続の開始があったことを知ったときから3ヶ月以内に財産目録を調整して,被相続人の最後の住所地の家庭裁判所(家事手続法201条1項,別表第1の92)に限定承認の申立てをしなければなりません(民法924条,915条1項)。1人1人に限定承認を許せば,その相続分についての清算手続が非常に複雑になるというのが立法趣旨とされています(前掲「民法(9)」157頁)。
これに対しては,相続人が限定承認するについて個人的自由が制限される結果になっており,近代的相続制度の趣旨に沿わないという制度的問題点があげられています(前掲「民法(9)156頁」)。
なお,共同相続の場合には,相続人全員が共同でなければ限定承認の申述はできません(民法923条)。つまり,相続人のうち1人でも反対すれば,限定承認はできないので,相続放棄を選択することになります。
税法上の取扱い
所得税法59条1項1号は,限定承認にかかる相続・包括遺贈があったときは,その事由が生じた時に,その時における価額に相当する金額により,これらの資産の譲渡があつたものとみなすとされています。
すなわち,税法上は,相続開始の時点で,被相続人に譲渡所得等が発生したものと扱い,被相続人に所得税が課税されます。したがって,相続人は,限定承認をしたときは,被相続人の所得税について準確定申告をして所得税を納付しなければなりませんが,被相続財産の限度で支払えばよいので,債務が超過している場合には,自分の固有財産まで犠牲にして支払う必要はありません。
しかし,予想した債務が存在せず,債務超過の状態にないという場合は,税金という余計な債務を作り出してしまう危険があり,申告しないといけないという煩雑さもあって積極的に利用されていないのだと考えられます。
家庭裁判所の受理件数
平成25年の司法統計によれば,相続の放棄の申述の受理件数は,総数で18万1,789件であるのに対して,限定承認の申述受理件数は,総数で874件となっており,ほとんど利用されていないことが分かります。
受理後の手続
限定承認者(相続人が複数のときは,申述の受理と同時に財産管理人が選任されます)は,限定承認をしたこと及び債権の請求をしなければ清算から除籍する旨を付記して請求を促す官報公告をしなければなりません(民法927条)。その後は,法定の順序にしたがって,弁済や換価などの清算手続を行っていくことになります(民法929条以下,933条)。